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時のアセスメントとオフィサー


最近の公共投資などを一定の期間経過したところで見直すという「時のアセスメント」という言葉がはやっている。

この「時のアセスメント」、公共投資ばかりではなく民間企業の経営にも同じ考え方があてはまるだろう。ただし公共投資で議論されているほど悠長なものではない。

企業において一つの判断が下された瞬間から、その判断の持つ価値は時間の経過と共に逓減して行く。なぜならば、企業を取り巻く環境は常に変化しており、ある瞬間での最適解が永遠に最適解でありつづけることはないからである。しかし、不幸なことに、一般的にいったん下された判断はその判断自体で永続しようという性向がある。たとえば、組織や規則がそうである。当初組織が設立された時点ではその組織の存在が最適であるが故に設立されるわけだが、いったん組織が存在するとその組織を維持することが至上命題であると考える人が出てくる。規則も同じである。何らかの理由で規則は決められるのだが、状況が変化してその規則がどう考えてもoutdateしたと思われる場合でもその規則を遵守することに固執する人が存在する。

企業組織の中では2種類の人間が必要とされる。判断に従う人間と判断をする人間である。前者はクラークであり、後者はオフィサーである。軍隊で言うならば前者は兵卒であり、後者は士官である。

クラークに「時のアセスメント」は必要とされない。なぜなら彼らはオフィサーの指示で動けば良いのだから。むしろ勝手にアセスメントされると全体観を失した誤った判断がなされてとんでもないことになる。要求されることは指示に従って的確に動くことだけだから、責任も低いが、ペイも低くて仕方が無い。

しかし、オフィサーは違う。彼らに要求されることはDog Yearといわれ凄い勢いで変化していく時代の中で「時のアセスメント」をし続けることなのだ。時代の動きを分析、判断を下し、クラークに指示を出し、常に自らが下した判断に責任を負う。高い見識、次を見通す分析力、速度感のある判断力、的確な指揮能力、そして倫理観に裏打ちされた責任感。こういった資質を維持するために常に研鑚を積む努力を続ける必要がある。ペイも高いが要求される責任も大きい。まさにノブレスオブリージュ。

今リストラを必要としている企業の多くは、本来オフィサーであるべき層がクラークだらけになってしまい「時のアセスメント」ができなくなっている企業といえるだろう。誰かがかつて下した判断を金科玉条として崇め奉り、それゆえに時代の変化から取り残される。創造力は発揮されず、セクショナリズム、官僚的対応が横溢し、内部経済ばかり発展し、収益を生み出す外への力が失われている企業である。

自分の勤める会社を「時のアセスメント」の観点から見直してみると面白いだろう。あなたのお勤めの会社は大丈夫だろうか?