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聞くは一時の恥


最近、とある日本の会社と一緒に仕事をしている。

結構複雑な取引をやっているので、取引の仕組みを作ったり、契約書の内容を詰めたりと、様々な交渉事が発生する。参加している人数からいけば圧倒的にアメリカ人が多いし、純粋に英語だけの契約書があったりするので、ほとんどのやり取りは英語ですることになる。

確かに、慣れない人にとってネイティブのアメリカ人が話すスピードを手加減せず、法律やら税金、さらには不動産取引の内容を議論したりするのは厳しいことだと思う。ましてや相手は口のうまい投資銀行家と弁護士、会計士である。更に、会議室で面と向かってやっているのならまだしも、会議電話と呼ばれる方法で10人以上の人間がよってたかって電話で議論するということもあり、当然英語が苦手な人はうんざりしているだろう。

しかし、だからと言って黙り込んでしまっては元も子もない。たとえどんなにへたくそな英語であっても、自分が納得行かない時には声に出して主張しなければ、当然同意したものと回りは思ってしまう。もっとゆっくり喋ってくれと頼んでもよいだろうし、自分が分からないことは何度でも聞き直せば良い。もし何度も聞き直して相手がうんざりしていたとしても、「自分は納得して仕事がしたいから、何度も聞き直している。英語は母国語ではないし、手間をかけてはいると思うが、そっちだってこちらが英語が母国語でないというのを承知で取引しているんだから、我慢してくれ。」と主張すれば、相手は返す言葉が無いはずである。

しかし、多くの日本人の参加者を見ていると、こういった態度をとることができる人はほとんどいない。なんとなく、まあしょうがないかなぁという気もちで場が流れていくのを見守っていて、何日かしてから突然「そんなことに私は賛成したつもりはない」といったことを弁護士などを通じて主張したりするのだ。

どちらが取引をスムーズに進められるかといえば、一目瞭然である。どんなに回りくどくとも、信頼を築き上げることから人と人のコミュニケーションは生まれる。

沈黙は金であるという美徳が日本の社会にはあるようだが、わからないことはわからない。納得が行かないことは納得がいかないと、適切なタイミングで主張することが必要なのは、商売では万国共通だと思うのだが。

それとも私が心臓に毛が生えているくらいずうずうしいのだろうか?