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政治


現在、政治に対する信認は残念ながら極めて低い。

今、読んでいるトムクランシーの「合衆国崩壊」に印象深い一節があるので多少長いが引用してみたい。

「政治というのは粗野で汚いものだと、アメリカの親はかならず子供に言います。あなたも父親からそう聞かされたと思います。私も父からそう聞かされました。そして、そう聞かされた子供たちは、そうなんだと思い込み、それが正しいふつうの状態であるかのように思ってしまう。しかし、そうではないのです、ジョン。それは錯覚なのです。われわれはもうかなり前から誤解しつづけているのです。・・・

われわれは、平気で事実をねじまげる人々を、選挙運動資金をくれるスポンサーたちの都合のよいように法律を変えてしまう人々を、政治システムのなかへ送り込んでいることになりませんか。彼らのなかには文字どおり嘘をつく人々もいます。ところが、われわれはそれを受け入れてしまう。しかし、あなたがたの世界で、そんなことをした者がいたら、排斥されますよね?それは医学界でも科学界でも実業界でも法執行の世界でも同じでしょう。ここ[政治の世界(引用者注記)]は何かがおかしいのです。・・・

いま問題にしているのはわれわれの国です。われわれが自分たちの代表に求める道徳的水準がふつうよりも低くてよいというのでは困ります。それは高くなければなりません。知性と誠実さも求めるべきです。」

「合衆国崩壊 2」 494-495ページ

道徳的水準が低く、知性も無く、誠実さも無く、イニシアティブもとれない政治家はいらない。自分がその場所に留まることばかり考える政治家もいらない。しかし、本当に道徳的水準が高く、知性を持ち、誠実さを持ち、イニシアティブがとれる人々は汚濁にまみれた政治の世界に進みたいとは思わないであろう。これは大変残念なことである。どのようにしたら本来政治に求められるべき資質を持つ人々が政治を志すようになるのであろうか。

行政改革、財政改革、金融改革などなど様々な改革が叫ばれているが、まずなされるべきは政治の世界が本来の有り様を取り戻すことだと考える。そして、それを可能にするのは国民の一人一人が利己的な発想を捨て、もっと誠実に真摯にそして責任を持って「われわれの国」を良くすることを考えることなのだと思う。

さもなくば民主主義は単なる衆愚政治に終わってしまう。