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英雄の時代


今日のしらさんの「独り言」を読んで、感心した。と同時に、自分の不勉強が認識され、しっかり経済の勉強をしなおし、足腰を作りなおす必要があると感じてしまった。

「独り言」では、現在の金融システム問題に端を発した経済状況の中でのミクロ的な行動がマクロ面にどういうマイナスのインパクトを与えているかについて「合成の誤謬」というキーワードで大変わかりやすく説明がされている。加えて、なぜ今不良債権の処理と金融機関の自己資本拡充のために財政資金の投入を行うべきなのかについても明快に理由が説かれている。読者の皆さんにも是非ご一読いただきたい。

OECDの副事務総長である重原氏もOECDを代表して日本政府に対してしらさんの主張と同様のことを申し入れている。ちょっと長いが引用しよう。 問題は資金を出す際に縛りをかけず、健全な金融機関を含め全国の銀行に広く買いを入れることだ。不健全銀行に限定したのでは効果はない。日本の金融史上かつてない事態であり英断が必要だ。広く、まんべんなく資本注入するために経営責任も問うている場合ではない。モラルハザードを防ぐことは重要なことでだが、それを強調しすぎるあまり、システムを守れないことはおかしい。政府は金融システムが壊れれば、国民すべてが大変な被害を被ることをきちんと説明しなければならない。 ・・・

金融機関の貸し渋りを回避するため、健全な銀行も含め全国的に広く優先株を公的資金で買い入れるべきだ。  ここで英断を下すことができた政治家はその英断を以って歴史に輝かしい名前を残すこととなるであろう。もし英断を下さなければ、大不況を引き起こした元凶として歴史に汚名を残すこととなるであろう。

私たちが国会議員を選挙で選んでいるのは、選挙区に土木工事を持ち帰るためではないし、不良債権の回収を行っている銀行に秘書やら大蔵官僚を通じて債務者の意向を押し付けるためでもない。ましてやボス猿の地位をめぐって仲間割れをするためでもない。日本という国を円滑にかつ理性的に運営するためである。

なぜ自らのメンツにこだわるのだろうか。政治家のメンツと日本とどちらが重いか、それは明らかであろう。過ちを過ちとして認め、過ちを正すべく直ちに方向転換する。これが国民からの信託を受け政治を預かる者の使命だ。

橋本龍太郎氏よ、TVを通じて国民に対して直接語りかけたまえ。官僚の作文ではない政治家としての自らの言葉で国民に直接語りかけることが、今日本が失っている自信を復活させるための最良の方策であろう。自らの経済状況認識の誤りを認め、しらさんや重原氏が述べている内容をわかりやすく国民に説明し、日本が進むべき方向へ踏み出すためのナショナルコンセンサスを自ら作り上げなさい。

「英雄がいない時代は不幸であるが、英雄を求める時代はもっと不幸である」とは良く言ったものだが、私たちは英雄を求めなくてはならない状況に直面してしまっているようだ。 しかし、英雄を求める時代に英雄がいないことは最も不幸とは言えないだろうか?