
(Last modified on June 10, 1995)
バブルの崩壊が銀行に残したものは、不良債権の山と、融資マンの自信喪失と、銀行 の貸し渋りのように思えます。振り返ってみれば、担保価値に絶対はない、資金使途ならびに返済のための資金計画の吟味などの基本中の基本のことをしっかり行なって いれば現在の不良債権の額は遥に少ないものですんだはずです。
後になれば誰だってそんなことはいえるよ、と言う声が聞こえてきそうですが、バブ ルのピーク時に基本を忘れて過剰な融資を日本の銀行が行なったことは誰一人として否定できない厳然たる事実なのです。過去のことを責めてもしょうがないわけで、で はその失敗をもとにどんな建設的なことができるのかというのが今の融資マンに課せられた使命のような気がします。
さて、それはなんでしょうか。それは日本の銀行が古くから持つ有担保原則、特に不 動産担保への寄りかかりをこの機会に払底することではないかと思います。今の融資マンは不動産鑑定士の様になってしまってはいないでしょうか。物担がこれだけある から債権保全は大丈夫だという思いが強すぎはしませんか。それは有担保原則というものに縛られ過ぎることから生まれてくるものだと思います。
考えてもみてください、銀行員というのは何の為にお金を融資しているのでしょうか 。借入人の事業により貸金が返済されることに対してプロとしての判断から確信が持てるから融資をしているのではないでしょうか。決して、担保物の市場価格が上昇す ることに確信が持てるから融資をしているわけではないはずです。
ユーロ市場で発行される債券を考えてみてください。ほとんどが無担保で発行されて います。プロである投資家は発行体が償還を行なう能力があるということを判断したうえで資金投下を行なっているわけです。私は無担保で融資を行なえということを主 張するつもりはありません。どんな企業であれ事業が失敗するリスクは内包しているわけですから、預金者の資産を保全するために担保を取得することを非難するわけで はありません。むしろ、担保がなくても融資をする自信がある貸金をしていますか?、無条件で担保が必要だと考えてませんか?、資金使途、資金計画を十分に吟味し ていますか?自分が行なっている融資のリスクを把握していますか?という問いかけを自分自信を含めて銀行の融資マンにしたいのです。
有担保原則、特に不動産担保の呪縛から開放され、日本の融資マンが融資のリスクと融資からのリターンを把握できる日が来ることを心より祈って筆を置きます。